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アウトバック

お店概要

1.住所 武蔵野市吉祥寺本町2-8-1
2.最寄り駅 吉祥寺駅 徒歩8分程度
3.予算 3〜4,000円
4.営業時間 月〜土 19:00〜翌5:00
日・祝日 19:00〜翌2:00
5.CDとレコード CDしか見たこと無い
6.リクエストノート 無し
7.お店のURL http://www.sometime.co.jp/index.html
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組合長のコメント

2014.2.23のコメント
ここもFUNKYの野口さんのお店。
コンセプトの異なるお店を沢山生み出し、結構な成功を納めている。
大したもんだ。
株式会社麦、という名前も良いですね。
社会人になってからも、何度もOUTBACKには行っています。
若者は背伸びして楽しみ、大人は大人でしっとり楽しめるいい店です。
吉祥寺というちょっと住宅街っぽい部分のある街のなかの、ハレ部分ですかね。 こういう店が街にあると、ぐっと深みが出てくると思います。
組合オフィスのある二子玉川・・・、うーん、がんばれー

1999.6のコメント
OUTBACKは二人で行く所だと思う。 ここは二人カウンターに並んで座り、ああだこうだとたらたらと話しあうのがぴったりとはまる店である。
音がやたらとでかく感じ、周囲が気にならない為、何の話をするにしても二人で集中して話し込め、ほろ酔い気分で議論ができるのだ。
学生だった時には値段が高くてなかなか行けなかったが、今は社会人なのでたまには行ってみようと思う。

1997.8のコメント
私は学生なのでこの様な高い店には滅多に行かないのであるが,、いくつか点でいつも行くような安い居酒屋との違いを発見することができた。
例を挙げてみると
1.まん丸く削ったでっかい氷がグラスに浮いている
2.お通しが果物のライチだった
3.バーテンがカクテルを作っているのを見せるのだが、はずかしいくらい派手である
4.内装が照れくさくなるほど凝っている(一昔前のトレンディードラマに出てきそう)
5.でっかい音でクラブっぽいJAZZがかかっている(後にスタンダードもかかる事が判明)

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組合員からのコメント

2011.10.20 みーたん様 昔毎日通ってました
昔、大学生の頃、(1974〜1978年) 毎日アウトバックに通いつめていました。
スタンリー・ クラークなんか、ボリューム一杯にかけてくれて、 体中が本当にシビレタものでした。
スピーカーもアルテックとかJBL4343とか色々試していて、 フュージョンとオーディオの聖地だったと思います。
今、 サイトで見てみると、移転して、ジャズバーに変わっているとか・ ・。
当時の店員さんは今どうしているんだろう?
たばこ嫌いの僕も、ひたすら我慢して、 長時間粘って聞いてたものです。
コーヒーは美味しくなかったなぁー。
好きな女の子と一緒に行った事忘れられないなぁー。
昔の思い出に浸っている58歳のおじさんでした。

組合長:アウトバックは学生時代の思い出満載です。カクテルがエレベーターでやってくるバブリーな雰囲気は健在ですかね?たまにはいってみよう

2006.10.2 バーニーちゃん様 1974年頃
その当時の従業員でした。。。ふんころがしさんの言われる方は「ヨシオさん」ではないですか!?
私も毎月仕事では上京していますが、すっかり遠のいてしまって。。。最近リニュアルしたとか!? 是非今度行ってみようと思います。今も「西洋乞食」あるのかなぁ。。。

2006.4.30 国分寺のアルマッケイ様 私のfusion人生の師
自分の家では絶対聴く事の出来ないマッキントッシュのアンプとアルテックのスピ−カ-、迫力のサウンド!JBLは似合わない店だったね、70年代から80年代前半通い詰めました。手に汗握る感動がありました。
ビリ−コブハムやア−スウィンド&ファイヤ−、クインシ−、ハ−ビ−、チック、いわゆるクロスオ−バ−を教えてくれた。リクエストも一枚はさせてくれたし夏はアイスコ−ヒ−を飲みながら何時間も聴いていました。
そう赤毛のアンの向かい側。大好きな場所でした。

2003.1.17 フュージョン喫茶 ふんころがし様
80〜84年頃、赤毛とそばかすの隣にあったときのOUTBACKによく通いました。A&Fでモダンジャズ、こちらでフュージョン、って感じで気分によって通い分けてました。
いまでも覚えているのはハービー・ハンコックの「フューチャーショック」を初めて聞いたときの店内の雰囲気です。一瞬、店内の客全員のココロの声が「何じゃコレ!」となり、やがて「カックィイイイイ〜」に変わるのが分かったんです。いや、ホントに。当時フュージョン聞くのって勇気がいりました。「フュージョン? 軟派な奴ちゃのぉ〜」という世評が体勢を占めていまして、この店は唯一大音量でフュージョンを楽しめる聖地だったのです。スパイロジャイラや松岡直也なんて聴ける店無いですよね、もはや。
あとすごく印象に残っているのが当時の店のウェイターさんです。なかでも長身で眼鏡をかけていて皮の黒いパンツに白いシャツという出で立ちの細身の男性。確かアフロぽい髪型だったような、。この人の選曲が最高でした。そう、ウエイターの人がレコードも選んでいたんです。ここで聴いて、走ってディスクインに輸入盤を買いに走ったことも何度もありました。
ああ、あんな空間、どこかにありませんかねぇ。フュージョン三昧できるお店、、、。

2000.8.16  名古屋 Takasi Kumazawa様
はじめてお便りいたします。
思えば1970年代、私が大学生だった頃、本当によくジャズ喫茶に通ったものです。70年代はまさに、ジャズ喫茶黄金時代で、日本全国どこの町へ行っても必ずといっていいほどジャズ喫茶はありました。
私も、おそらく100件くらいは訪れたと思いますが(必ずマッチをもらいました)、特に印象に残っている店は、おなじみの一関「ベイシー」、門前仲町の「タカノ」、吉祥寺では「メグ」「ファンキー」「アウトバック」、横浜では 「ダウンビート」「ちぐさ」、京都では「YAMATOYA」「しあんくれーる」「蝶類図鑑」等々きりがありません。
当時は、我が名古屋市にも、約20件近くあったと思いますが、今ではほんの4、5件以下になってしまいました。さて、吉祥寺方面へは、東京の大学へ通う友人の下宿を拠点にして度々行っていました。中でも「アウトバック」は、名古屋以外で、初めて行ったジャズ喫茶でした。今では、すっかりオシャレなカフェバーになっているようですが、当時、25年前は本格的なジャズ喫茶でした。
70年代当時は、いわゆるフュージョン(当時はクロスオーバーといっていた)の全盛期で、あちこちで「ジャズはメインストリームか、フュージョンか」というような論争が、なされていました。
そんな中で、「アウトバック」は、「ファンキー」や「メグ」が、4ビート、メインストリーム中心だったのに対して、フュージョンが主体の店でした。
ですから、当時は、ウェザーリポート、マイルス、ハービーハンコック、クルセイダーズ、デイブ・グルーシン等がよくかかっていました。
また、当時は、ジャズ喫茶=オーディオ競争、という時代でしたので各店とも、非常に力を入れていました。その中でも、特に「アウトバック」は、めまぐるしく装置が変わっていたようです。オーディオファンの私として は、そういう意味でも楽しい店でした。(今回は、詳細は書けません)
当時は、本当によくお客さんが入っていて、空いている席を見つけるのも大変でした。ついでに言うと、当時は、コーヒーのまずい店が多く「アウトバック」も、例外ではありませんでした。
とりとめもなく書いてきましたが、今回、ホームページを、拝見しまして今でもこれだけ熱心な、ジャズ(喫茶)ファンの方が、大勢いらっしゃる事を大変心強く思いました。また、機会がありましたらお便り出させていた だきます。

1999.12.17 Riko様 「OUTBUCKシックです!」
こんばんは!Rikoです。リニューアルしてシンプルになりましたね!
わたし、この間友人といって来ました。開店は午後六時。。開店をまって一番に入りました。。
潜って潜ってバーカウンターへ。友人はトワイライトゾーン。。わたしはピンクレディーをオーダーし、あとはジャズに身をまかせてました。
アルバムを教えてくれたのですが(直接、CDジャケット持って来てくださって)名前忘れてしまった。リクエストがあれば、可能ならかけてくれるようです。。そのときはベースがとっても素敵で、ピアノがハービー・ハンコックが弾いてたことは覚えてます。とーてもシックでした。また行きたいです!では、また!♪〜Salon de Riko

1998.12.9 グスタフ・マーラー様
  かつてアウトバックは、今の「まる」の場所にありました。「赤毛とソバカス」というロック喫茶と並んでありました。カラスの剥製がいくつも天井際やスピーカの上におかれていました。新譜系のレコードを中心に選曲され、キース・ジャレットのフェイシング・ユーを新譜として聞いたのを覚えています。
今のバーに移ってからもよく行きました。昔のアウトバックはひとりが似合いましたが、今はいい女と一緒じゃないとどうもだめですね。どちらにしろいい思い出がたくさんあります。

1998.7.17 まさこ様 「OUTBACKは私のお気に入りの場所です。」
初めまして、私は長野県上田市に住む東京出身の学生です。
インターネットで偶然吉祥寺のジャズ喫茶のページを見つけてメールを送ることにしました。
さて、ここはなんと私が高校生の時に姉につれていってもらった最初のジャズバーでした。その時はドキドキする気持ちとはらはらする気持ちでいっぱいだったことを今でも憶えています。ここのお店がきっかけでジャズにはまったのだと思います。その頃からというか、地下にあってあまり目立たないところにあるのにもかかわらず、地元周辺の人達には知られていたようです。
大学が長野にあるため、4年間くらいずーっと行っていなかったのですが、今年の3月に東京に遊びに来た大学の友達と久しぶりに行って来ましたが、ここは相変わらず良いところでした。でも、あまり人気がでてほしくないので、東京出身の友達には全然教えていません。
ちなみにOUTBACKのバーテンさんたちはみんなさわやかな人達のようなきがするのは私だけでしょうか。



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